Episode - 02

モンゴルへの一歩は唐突に

 

時は遡り、FACTORYがモンゴルで素材をめぐる旅を始める以前。
その日、社内では打ち合わせが行われていた。 

「やっぱり寒い国に、温かい毛の動物がいそうじゃない?」

「となると、オーストラリアは暖かい国のイメージがあるから違うかも」

「ロシアは?」

「逆に寒すぎて動物いなそう」

ルイたちは、思うがままに話している。

秋冬シーズンに向けた打ち合わせで、暖かい素材のウールをどうするかという話になり、 自分たちが求める素材はどこにあるのだろうと、皆が自由に口に出している最中だった。

「自分たちが理想とする素材を見つけて、初めて服づくりができる」。FACTORY にはそんな精神が根付いていた。自然と打ち合わせでも素材の話が多くなり、今日もそんな会話になっている。

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FACTORYはルイの母親であるタカコが創業したファッションブランドだ。それゆえ、ルイにとって服とは幼いころから身近にあるものであり、残布の入った箱の中で寝ることが好きなほどだった。しゃりしゃり、つるつる、もこもこ、さらさら。子供の時に体験した布が肌を通して伝えてくる様々な感覚は、ルイという人間を形成する上で重要なものになっていた。

だが、そんなルイもまっすぐにファッションの世界、FACTORYで働くようになったわけではない。高校卒業後、建築家への憧れもあり大学の工学部建築学科へ入学する。大学4年生になると、母のタカコから空き店舗があるからお店を運営してみないかと言われる。

そうしてルイは大学在学中から、インテリアへの強い興味もあってインテリアショップをスタートさせる。販売する雑貨を見つけるために、ベトナム、ネパール、インドなど様々な国へ足を運ぶ。結果的に3年でお店は閉店することになるのだが、海外を訪れて「何か」を探すという経験は、後のルイにプラスとなっていく。インテリアショップ閉店後は、FACTORY がポップアップストアをデパートで出展する際に販売員として参加もしていたため、FACTORYで働き始める。

販売に始まり、布の在庫整理や、布の染色を手伝ってと言われれば、手を浸してオープンバスの湯気の中で色づくりに悪戦苦闘する。ファッションの専門教育を受けなかった学生時代を埋めるように、あらゆる仕事を体験し、経験・知識・感覚を自分の中に蓄えていく。気がつくと、布を触りすぎて手の平から油分が消えてカサカサに乾くほどだった。 

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「どこにあるかなあ」

自分たちの求める動物たちの毛がどこにあるのか。頭の中に世界地図を描き、布の感触を想像しながらルイはつぶやく。

「モンゴル……行ってみない?」

その国の名が出てきたのは唐突だった。ルイは声が聞こえてきた方へ顔を向ける。社長のタカコだった。ルイが疑問を尋ねるよりも前に、タカコは言う。

「だって寒そうだし」

モンゴルを口にしたタカコの理由にルイは一瞬崩れ落ちそうになるが、すぐに思い出す。周囲から突拍子もないように見えても、タカコの言葉と行動が FACTORY を成長させてきたことを。

現在は大相撲のモンゴル人力士の活躍によって、モンゴルの認知度は日本で浸透している が、当時はモンゴルが日本人の間で意識されることは稀だった。だが、逆に日本国内で目 を向けている人が少ない国だからこそ、何かあるのではないかとルイもモンゴルに可能性を感じ始める。

面白そうかも。ルイはそう思う。しかし、一つの疑問が浮かぶ。

「でも、どうやってモンゴルで素材を見つける?」

ルイの疑問に答えられる人間は、その場にはいなかった。モンゴルを提案したタカコ自身も答えられない。

誰も何も知らない。こうしてモンゴルへの一歩が始まる。

 

〈続〉