Episode-05

モンゴル旅行記

マギーは服地の素材に関しては素人だったが、そんな彼女が FACTORY にとって重要な存在になった理由に、マギーの特異能力がある。それが人とのネットワークである。マギーの周りにはさまざまな経歴・経験を持つ人々がおり、マギーがそのネットワークを駆使することでタカコたちを助けてきた。

そして、素材づくりが新たな段階を迎えた時、マギーのネットワークが再びタカコたちを助ける。今度はマギーの母親が助けとなるのだった。マギーの母親は教師をしており、教え子には遊牧民たちがいた。遊牧民たちはヤクやカシミヤを飼って育てている。

「マギーのお母さんのところへ、行ってみよう」

動物を育てる遊牧民たちをマギーの母親に紹介してもらい、遊牧民たちが育てている動物を見て、原毛を直接購入する。それがタカコたちの新たな目標となった。そして、マギーの母親が住むバヤンホンゴルへ向かうのだが、そこは想像を超えた場所だった。

まず車で行くには遠方であるため、小型飛行機のセスナで出発する。現地に近づくと空港らしきものがないことに気づく。一面が野原で、小さな小屋があるだけだ。そこへタカコたちを乗せたセスナは着陸する。

もちろん、ホテルのようなものはない。遊牧民たちがカラオケなどを楽しむ小屋の 2 階をホテルがわりに、そこで一晩宿泊することになった。そして翌日、マギーの母親と合流し、トラック 2 台で遊牧民たちがいる場所へと向かっていく。遊牧民たちがどこにいるか正確にはわからなかったため、ナビとして同行することになったのが現地のおばあさんだった。

トラックで行けどもいけども山が連なり、でこぼこの砂利道がひたすらに続く。都市部と違い、目印らしきものなどまったくない。山と谷が永遠に続く土地を、助手席に乗るおば あさんの指示によってトラックは走行していくのだった。

「なぜ、わかるんだろう?」

変化の乏しい景色を見て指示を出すおばあさんの指示を不思議そうに思いながら、タカコたちは激しく揺れる車内で正面を見据えていた。道中、トラックで山を登っていくのだが、斜面の急勾配は恐怖を感じるほどで、トラックが横転しそうな予感が迫る斜面の山をいくつも超えていく。

お昼を取るために停車し、マギーが持参したサンドウィッチをタカコが食べようとした瞬間、タカコの娘で、ルイの妹でもあり現在は FACTORY のデザイナーを務めるヒトミがタカコにこう声をかける。

「空を見て食べて」

タカコはヒトミの言葉を訝しんだが、素直に従って、青空を見ながらサンドウィッチを口へ運ぶ。食べ終わった後、自分の足元を見たタカコは驚く。動物のフンがあたり一面を覆っていたのだ。

早朝に出発したトラックは、お昼を過ぎてもまだ到着しない。

「まだ着かないんですか?」

「もうちょっと」

しかし、進めど進めど到着しない。

そしてトラブルが生じる。トラックのタイヤがバーストしてしまう。幸いにもスペアタイヤがあったため、交換してことなきを得たが、以降、車内の誰もが口数を減らし、黙り込む。もしスペアタイアがバーストした時の想像が、頭の中を駆け巡っていたのだ。再びタイヤがダメになれば、週に一度ポストマンが通るだけの場所に、立ち往生し取り残される。その想像に皆恐ろしさを感じていた。

時刻が 15 時を過ぎたころ、あたりの景色が変わり始めたことに気づく。

岩山の連続が渓谷に変わり、川と緑が目に飛び込んでくる。到着したのだ。遊牧民たちが住む地へと。

動物を見たいというシンプルで純粋な思いから始まった理想の素材をめぐる旅は、目標の地へたどり着く。タカコたちはこうしたモンゴル旅行記を重ね、遊牧民たちを直接訪れ、育まれた動物たちの原毛を自分たちの目と手で体験していき、納得できるクオリティの原毛を見つけ出し、遊牧民たちから直接購入していく。

ここから FACTORYの素材づくりが、本当の意味で始まるのだった。

 

*****

 

あれから 20 年の歳月を経た今でもタカコは、モンゴル旅行記で遭遇したある一つの光景を時折思い出す。

白夜の下、モンゴル人の少年が馬に乗り、犬一匹と共に 200 頭の山羊と羊の群れを引き連れ、谷に向かって進んでいた。

ドスン、ドスン、ドスン……。

大地は重い音を轟かせる。動物たちの足音はタカコの足下に響き渡り、雄大な自然に添える音楽として記憶に刻まれていた。

〈続〉