Episode-04
動物たちを見たい
ルイたちはマギーの助けもあって、モンゴルでカシミヤやラクダの糸を仕入れが可能になり、モンゴル産の素材をFACTORYの服に使うことができるようになった。
ただ、当初は行き違いもあった。
モンゴルに到着した初日、マギーの案内でモンゴル最大のカシミヤ工場であるゴビ工場を訪れる。社長室でルイは糸の仕入れ値がいくらになるかを尋ねた。通訳をしていたマギーから糸の仕入れ値を聞くと、ルイは驚く。
「え、ほんと?えらく安いなあ。やっぱり海外は違うね」
モンゴル滞在初日で早くも一つ成果を上げて喜んだルイは、その場でカシミヤの糸を50 キロ発注する。しかし、その喜びが勘違いであることを滞在最終日に知る。
ゴビ工場の社長室を再訪し、決済の手続きを進めていると違和感に襲われる。
「んんん!?」
書類に明記されている金額が、初日にマギーから聞いた金額と一桁違っていたのだ。
理由はこうである。通訳を務めていたマギーが金額感覚を勘違いし、本来の仕入れ値より一桁少ない金額をルイに伝えてしまっていたのだ。
「ぜんぜん違う!」
驚いたルイは発注を取りやめるしかなかった。
こんな勘違いもあったマギーだが、後に FACTORY の素材づくりにおいて重要な役割を果たす。しかし、それはまた別の話で他の機会に触れることにし、ここではタカコやルイたちの素材を巡る旅に再び言及していきたい。
モンゴルで糸の仕入れを初めて約 2 年、FACTORYの素材づくりは新たな展開を迎える。当時タカコたちは数社の紡績工場からモンゴル産の糸を仕入れていたが、ある時、気候が寒く、山岳地帯にあるモンゴル西部ハンガイ地域の原毛だけで紡績した糸の生地は、毛玉ができていないことに気づく。
なぜ毛玉ができなかったのか。理由は動物たちが育つ環境にあった。
モンゴルの首都ウランバートルは確かに寒いが、その寒さは北海道とよく似ていて、日本 と気候の違いはそこまで大きくない。一方、ウランバートルから西へ進み、やや南下した場所にあるバヤンホンゴルはマイナス 40 度になるほど極寒の気候である。原毛を産地で比べたところ平地で育てられたものと、厳しい寒さの土地で育てられたものでは、同じ動物でも原毛のクオリティに差異が生まれていた。
寒さが極めて厳しい地で育った動物の原毛は保湿性に優れ、油分を多く含み、乾燥する冬であっても毛は豊かな弾力性に富み、ふわりとした柔らかさを持っている。その弾力の良さは、実際にセーターとして何度か着用していくと実感できた。
もう一つ重要なことがあり、それは産地の異なる原毛を混ぜないことだった。先ほど述べたように、気候が違う産地で育てられた動物の原毛は、クオリティに違いが生じる。そのようなクオリティの異なる原毛を混ぜ合わせ紡績すれば、仕上がった糸はどうなるか。産地特有の素材感が少ない平均的なものになり、そうした糸で作られたセーターは、FACTORYの目指すものとは程遠い仕上がりになってしまっていたのだ。
動物たちが育つ環境によって原毛のクオリティは変わる。この事実を実体験し、一つの確信を得る。原毛の産地を統一させて紡績することが、自分たちの理想とする素材の完成に近づく。目標が明確になった時、タカコたちが取る行動はひとつしかない。その目標に向かって、チャレンジしていくだけである。
「動物たちを見たい」
タカコたちは糸が完成するよりもずっと前の段階、動物たちを暮らしている現場を直接見たいと切望するようになった。どのような環境で育つ動物が、自分たちの理想とする原毛に育つのか。それを知るためには、直接動物たちが生きる現地へ赴くしかなかった。
そして、マギーが言う。
「私のお母さんが、田舎にいるよ」
このマギーの何気ない一言が、FACTORY の素材づくりを発展させる契機になる。
〈続〉